毎日、10本ほどの金融関係のニュースを見ている。これは同業者の中でも少ないほうだと思う。金融機関に勤めている私の知り合いは、この10倍は読んでいるという。本数だけでいうと、圧倒的に少ない。弊社のクライアントの中でも熱心に金融経済ニュースを読んでらっしゃる方のほうがずっと多いだろう。
情報量がモノをいう金融業界において、たかだか10本ほどのニュースで他人にアドバイスできるのかと疑問に思われる方がいらっしゃるかもしれない。すなわちより多くニュースに接した人間のほうが、より深い知見を得ることができるのではないかという理解だ。
しかし、私の経験上それは間違っている。ニュースをくまなく読んだとしても、事実を知るだけで、その背後にどういったメカニズムが動いているのかが分からない限り投資の判断までつなげることができない。量をこなして質にしていく過程は、若手の金融マンがやることでありマーケットをつぶさに観察してきた私のような中堅がやることではない。
では私のような中堅は何を基準にニュースを見ているか。
一言でいうと、世界の借金の量である。それが世の中の経済を動かしているのであり、もっというとそれだけが世の中を動かしているといっても過言ではない。ニュースをみるとき、必ず「借金の量」というフィルターを通してみる。この動きは借金を増やすのか、減らすのか。増やすニュースであれば短期的・中期的には市場にポジティブな反応がある。その結果、新規設備投資が増えたとか雇用が改善しているなどの「結果としてのニュース」になる。借金が増えるのか減るのかは原因としてのニュースなので、ここに敏感になり、原因と結果を切り分けることが難しくなり、最終的に「なんとなく」で投資判断をすることになる。
コロナ以降、借金を増やすニュースばかりなのですっかり慣れっこになってしまっていたが、久しぶりに減らすニュースが飛び込んできた。
[Wells Fargo is shutting down all personal line of credit accounts]
一言でまとめると、ウェルズファーゴ銀行は今後、個人向けローンを取りやめたということだ。ウェルズファーゴは米国大手銀行であり、同時に貸し手でもある。個人ローンは日本の消費者金融のようなもので、担保を必要とせず個人が高い金利を払いながら返済していくものだ。ウェルズファーゴは「事業の簡素化のため」と言っているが、それを額面通りに受け入れるわけにはいかない。
9-21%の消費者金融部門を閉鎖するということは、それで生活をつないでいた人がウェルズファーゴからは新規での借り入れ・借り換えができないことを意味する。アメリカではクレジットスコアといって、信用状況を金融機関ネットワークで共有する仕組みがあるが、今回のローンサービス提供停止によってクレジットスコアに傷がつく可能性もあるという。
すなわち今までウェルズファーゴでおカネを借りていた多くの人はウェルズファーゴの都合でクレジットスコアに傷がつき、新しく他行で借り入れることが難しくなる可能性もある。
これは日本のバブル崩壊を引き起こした総量規制やアメリカのリーマン・ショックの遠因となったサブプライムローンの審査基準厳格化をも彷彿とさせる。少なくともウェルズファーゴは消費者金融部門での収益は今後焦げ付くのではないかとみており、それはウェルズファーゴだけでなく他行も一緒であろう。
すなわち凄まじい量的緩和で膨れ上がったバルーンがどこかで破裂するかもしれない(サブプライムローンのように、返済できない人が激増するかもしれない)とみていることが読み取れる。
これは明らかに「借金を減らす」原因となるニュースであり、今後も状況を注視していかなければらない。リーマン・ショックも、最初のさざなみは2006年の夏、たかだか運用高400億円程度のヘッジファンドが投資家に投資金を償還できなかったという些細なニュースであった。ウェルズファーゴのこのニュースは「読み取るべきは静かな経済地殻変動であり、表面ではない」ということを思い起こさせてくれる。
ポートフォリオ
では、また一気にリスクオフかというと、それは違う。ここが資産運用の妙だが、頭のいい人は判断が早すぎて資産運用には失敗しがちだ。市場は市場参加者の平均から成立しており、そこには頭のいい人とは全く違う見方をしている人も多い。「バブルが崩壊するまでは、思っているよりもずっと時間がかかる」というのが私どもがモットーとしているところである。1つのニュースで脊髄反射していては、有用なアドバイスなどできない。
経済の地殻変動に注意を払いつつ、リスクオンの姿勢は直近では崩さない。